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『未来のアートと倫理のために』
竹田恵子「日本の美術界のジェンダー構造と新たな取り組み」論評
小林瑠音(神戸大学国際文化学研究推進センター学術研究員)
本稿の統計調査によって、美術界のジェンダー不均衡、特に芸大・美大などの教育機関および美術館の構造的問題があらためて可視化された。教授する側/される側、描く側/描かれる側、上層部/事務方という類型が、主体としての男性と客体としての女性に相似するという現象は、日本だけでなく世界的な課題となってきた。
このような権力構造は、大学や美術館に限らず、近年流行している芸術祭においても同様で、ディレクターや芸術監督そして出展作家の多くは男性、それを下支えする事務局スタッフやボランティアは大半が女性というケースが一般的である。(※1)
さらに、鑑賞者や参加者に目を向けてみると、ここでも女性の割合が高い。例えば、総務省統計局が5年おきに実施している「社会生活基本調査」の平成28年度調査によると、美術鑑賞行動者率(※2)は、男性16.8%に対して女性は22.8%である。音楽鑑賞や舞台芸術鑑賞、映画館での映画鑑賞に関しても同様に女性の方が高い。(※3)
ここで重要なのは、だからといって、女性の方が積極的に鑑賞体験に関わっているからよいではないかと安易に結論づけられないという点である。問題なのはその鑑賞行動の内実に思考的・批評的主体性があるのかどうかであろう。ここでまさに「美術館女子」で争点となった鑑賞者の想定方法、すなわち映えスポットに執心し、知識や理解を敬遠した無知の観者という設定が再燃してくる。
このような鑑賞者像を増強むしろ歓迎する環境は、美術館の展覧会運営そのものの構造にも起因しているといえるだろう。長年指摘されてきたように、日本の美術展、特に企画展の多くが新聞社やテレビ局などのマスメディア主催という世界に類を見ない特殊な形態をとってきた。そこで想定される鑑賞行動は、いわゆる自己内省的な思考体験やそれを言語化する批評経験というよりも、大規模な宣伝効果によって大混雑となった会場で目玉作品の片鱗を垣間見るあるいは写真に収める確認行為となっている。
閉鎖的で高尚なイメージのあるアートワールドを打開する策は積極的に試行されるべきだし、フォトジェニックな空間を体感することも美術館の楽しみ方のひとつである。しかし、本稿でも指摘されているように、視られる対象、無知な存在、感情的で非論理的な思考傾向という紋切り型の女性表象が、美術館の鑑賞者モデルとして採用された「美術館女子」の事例は、あまりにも時代錯誤なジェンダー観を露呈しただけでなく、本来、美術(芸術)が希求してきたはずの批評的観者(critical audience)とかけ離れた鑑賞者像を提示してしまったということに根深い問題がある。
芸大・美大に学び、展覧会を企画し、芸術祭を支え、美術館に足を運んできたマジョリティが女性であるのなら、その「主体的」な彼女たちがなぜ美術界の要職に就けない、あるいは就かないのか。EGSA JAPANの取り組みが、より広いセクシュアリティと他のジャンル(演劇界、音楽界等)を含めた検証とアドボカシーを牽引されることに期待したい。
【註】
※1 例えば、札幌芸術祭2017のボランティアの71.3%は女性、瀬戸内芸術祭2019でも73%が女性である(札幌芸術祭実行委員会 2017; 特定非営利活動法人瀬戸内こえびネットワーク online)。
※2 10歳以上人口に占める過去1年間(平成27年10月20日~平成28年10月19日)に美術鑑賞を行った人の割合(%) 。
※3 この傾向は、オンラインでデータが確認できる昭和61年度調査から一度も反転していない。ちなみに、海外、例えば英国のデータでも同様に、一貫して男性よりも女性の美術鑑賞行動者率が高い傾向にあるが2016年度のデータでは男性52.5%、女性52.1%とほとんど男女差がない(DCMS online)。
【参考文献】
札幌国際芸術祭実行委員会『札幌国際芸術祭2017開催報告書』札幌国際芸術祭実行委員会, 2017年.
特定非営利活動法人瀬戸内こえびネットワーク「こえび隊について」瀬戸内国際芸術祭サポーターこえび隊ホームページ, https://www.koebi.jp/about/(2021年3月16日最終確認).
総務省統計局『平成28年度社会生活基本調査』総務省統計局, 2017年.
Department for Digital, Culture, Media & Sport (DCMS), “Taking Part 2016/2017: quarter 4 statistical release” DCMS, 2017, available at https://www.gov.uk/government/statistics/taking-part-201617-quarter-4-statistical-release (2021年3月16日最終確認).