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『未来のアートと倫理のために』
zoom収録「アートマネジメント座談会」

【収録日】2021年3月7日(日)15時〜

飯村有加
(一般社団法人はなまる代表理事/企画マネジメント)

細貝由衣
(アートマネージャー/認定NPO法人 CPAO広報)

内山幸子
(京都精華大学 本事業プロジェクトコーディネーター)
進行:緒方江美(同)
構成:野添貴恵
(NPO法人地域文化に関する情報とプロジェクト[recip]メンバー)

※各章を読み進めながら座談会での意見交換を行い、改めて振り返りのコメントをいただきました。

吉澤弥生氏「芸術労働者の権利と連帯」、三輪晃義氏「芸術労働者は法律によって守られるか」から考えた思いやりの形をした侵害
細貝由衣

「舞台は危険なところだから来ないほうがいい。」
 本書に書かれた芸術労働者に関する2つの章を読み、同業で働く方々の姿が目に浮かびました。先のセリフは、妊娠、出産を機に離職された先輩が妊娠当時に周囲から投げかけられた言葉で、そのように諭され、辞めざるを得なかった時代があったとその方から聞きました。それは思いやりの形をした権利の侵害であったのだと、今なら気付くことができます。

 私は、2007年から約10年、劇場や文化施設の管理運営を行う会社に勤め、施設管理業務のほか、行政と連携した市民協働型フェスティバルの事務局を担いました。
「舞台は危険なところ」それは劇場の安全管理を行う上で、再三再四言われることです。事故に繋がる可能性のある箇所が多く実際に危険です。しかし妊娠を理由とした配置転換などは、気遣いであっても、労働者が不利になるような場合は違法です。
 入社した当時は劇場業務が子育てと並行して行えるイメージはなく、身近にロールモデルとする人もおらず、「10年やって一人前」そう言われて走ってきました。10年経ち仕事に余裕もでき、ようやく子をもうけるという選択肢が見えてきた、そんな仕事の仕方をしていました。

 しかし徐々に状況は変わりました。出産を経て復帰し、現場で仕事を担う女性の姿が増えたのです。照明や舞台など、技術スタッフにも復帰される方々が増えました。フリーランスの多い業界ですから、道なき道を歩む方が少なくありません。時短に合わせた契約条件を交渉し、出張先で一時保育を確保し、稽古場を子どもとともに訪れ、子どもと参加できる新たなアートプログラムを切り開き、成果を残し、彼女たちは戻ってきました。

 大きなライフイベントが人生に訪れたとき、仕事を退くという選択肢だけではなく、交渉し、働きかけることで、自分のライフサイクルに合わせた働き方を選び取ることが出来ます。妊娠や出産だけでなく、仕事と介護の両立など、今後発生し得るライフイベントに対し使える制度をよく理解し、計画的に利用していくことが必要です。
 本書にもあった通り、まずは権利を知り、そして事例を知り、判断のつかない条件に出会ったときに相談できる相手を確保することが自衛の手段に繋がります。

 思いやりの形をした権利の侵害ではなく、多様な働き方を認め合える場――そうした現場が多くつくられることを願いつつ、自身もその道を築いていく1人になれたらと思います。

内山幸子氏「水平を共に目指して メキシコと五領を往来して考えたこと」から考えた「水平な」関係性づくり
飯村有加

 アートマネージャーになるきっかけは人それぞれですが、そのきっかけ全てに、厳しい現場の中でもアートの可能性やアートを学ぶ意味を見出す濃厚な出会いの物語があります。本書には、法律や制度の話はもちろん、アートマネージャーの濃厚な物語も掲載されています。物語と自分自身のこれまでの活動を重ね合わせながら、アートの現場における「水平な関係」について考えを深めることができました。

 私は2014年より、複数のまちづくり団体からなる実行委員会が主催し、奈良県が共催するアートプロジェクト「はならぁと」の事務局を担ってきました。
「まちづくり」「地域活性化」を目的とし、地元住民が運営の中心を担うアートプロジェクトの中で、行政、地域、アーティスト等の様々なステイクホルダーとの「水平な」関係性づくりはプロジェクトの根幹に関わる課題のひとつです。

 「はならぁと」の開催は今年で11年目になりますが、これまでにアーティストが作品発表会場とした空き家や町家が40件再活用され、若い人の移住を促すなど、アートでしか成しえない状況を奈良地域に生み出してきました。その一方で、水平な関係性を考えるとき、行政の限られた単年度予算ではアーティストに充分な制作費の支払いができないことや、充分な制作時間を取れないことや、昔ながらのコミュニティで成り立つ地域には年功序列で意思決定がされる体制・ジェンダー不平等の構造があること等、行政や地域と連携する上で避けて通ることができない課題も多いと感じます。アーティストが作品制作のために地域に介入し、そこに住む人の望まない形で地域の資産や人手を利用したり、反対に、まちづくりという目的のためにアーティストを安い報酬で働かせその能力と労働力を搾取するなど、地域とアーティストの関係の中で搾取の構造が発生する可能性についても各所で指摘がされてきました。こうした構造に違和感や疑問を持っても、プロジェクトの進行を担いながら限られた時間と運営体制で全てを解決することは到底難しい。これまで、地域とアートの関係性について、こうした葛藤を持ちながら、マネジメントを担ってきました。

 内山氏は本章の中で、自身がつくる実践現場へ「参加者とアーティストと企画者(私)の間にどのように水平な関係が築けるか」と問い、その実践において「ジェンダーや属性間の不均衡を生まない」ことや、「地域にワークショップや公演というアートの形式を持ち込むときもなるべく地域の活動の延長線上で実現する」ことを意識していると記しており、内山氏の実行力や水平な関係に対する確固たる想いに刺激を受けました。

 内山氏と同様、私自身もまさにこの「水平な関係と現場づくり」を実践してみたいという思いがあり、「はならぁと」の事務局を担うかたわら、2017年に子育て世代のギャラリスト、アーティストと「一般社団法人はなまる」を設立しました。その拠点である「maruroom(マルルーム)」は、自身の妊娠出産をきっかけに、大叔母が残した邸宅を改修した住居を「住み開き」したもので、自宅兼コミュニティスペースとして運営しています。現在、美術展をはじめ、子ども食堂や子ども向けアートワークショップなどを行っています。この場では、自らが意思決定をできるからこそ、すでに地域の中にある権力構造を持ち込まない新たな関係性づくりや、それを可能にするための団体の体制づくり、来場者を限定せず敷居を下げてアートに関われる手法や場づくりを心掛けています。
 本章で内山氏が意識していた視点を参考にしながら、「地域とアートのよりよい関係性」についてより意識を持って活動を続けていきたいと思いました。

 これまで、アートによって変容していく地域コミュニティを現場でたくさん目の当たりにしてきました。地域が持つ潜在的価値をアートが掘り起こし、場や人が変化していく喜びがあり、また、アートの現場なら世の中の不平等に対してもっと考えを深められるのではないかという希望を感じているからこそ活動を継続しています。地域とアーティストと主催者のミッションを両立させ、双方にとって搾取にならないようバランスを保って現場づくりをすることは難しいですが、関わる人たちがその構造を知り、認識することで、変えられることもあると信じています。

「ここは水平か」と問い続けること、その「水平な関係」を自らの現場で実践していくこと――アートの本来の可能性を地域や社会の中で多くの人と共有する場づくりがひろがっていくことを、これからも願っています。

(※1)2017年より、代表理事を務める一般社団法人はなまるが事務局組織を業務委託。

profile

アートマネージャー、マーケター
認定NPO法人CPAO広報ほか

細貝由衣

1984年新潟生まれ。2007年よりART COMPLEX勤務、名村造船所跡地に位置するライブハウスSTUDIO PARTITA立上げ。野外ミュージックフェス、AIR事業の事務局を経てワークショップフェスティバルDOORS事務局を担当。同事業のリブランディング及びWEBサイトの全面リニューアルを手掛ける。その後スタートアップ企業のマーケターを経て、2021年より子どもの貧困に対し活動する大阪の認定NPO法人CPAOに広報として携わる。

一般社団法人はなまる代表理事/企画マネジメント

飯村有加

1988年生まれ、奈良市出身在住。京都精華大学デザイン学科を卒業後、奈良県大和郡山市のまちづくり団体に就職。芸術祭等を運営。2013年より「はならぁと事務局」勤務。2014~2018年、2020年~現在、事務局長。持続可能な芸術文化普及活動を目標に、仲間と共に2017年「一般社団法人はなまる」を設立。代表理事を務める。2020年~現在、奈良県立大学「地域の多層化と共有空間の創造に向けた実践型アートマネジメント人材育成プログラム CHISOU」プログラムコーディネーター・アドミニストレーター。

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LGBTQをはじめとするマイノリティの社会包摂を視野に入れた
アートマネジメント・プロフェッショナル育成プログラム

主催

京都精華大学

共催

京都市/公益財団法人世界人権問題研究センター

協力

高槻井戸端ダンスプロジェクト実行委員会(五領アートプロジェクト)

プロジェクトリーダー|山田創平

プロジェクトコーディネーター|内山幸子/緒方江美

一緒に考える人(モデレーター)|あかたちかこ

2020年度 文化庁 大学における文化芸術推進事業

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