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ネットワーク構築ゼミ-2 しゃべりつづけるクィアたち――「LGBT先進国」カナダの黒人・先住民・有色人種によるアクティビズム
※タイトルが「文化の境界線を問うアートプログラム―カナダの事例から」に変更になりました(2022.1.25)
【日時】2022年2月6日(日)11:00-13:00
【講師】吉田守伸(編集者)
ネットワーク構築ゼミでは、世界各地でプライドマンスに実施されているアートプログラムの他、フェミニズム、ジェンダー平等などをテーマとするアーティストたちの活動を、ゲストを招いて紹介します。また、本事業が3年後に実施をめざす「プライド・アートプログラム(仮称)」に向けて、海を越えた連帯とネットワーキングの基盤を作ります。
講師より
ゼミの発表内容について ※2022.1.25追記
当初の予定では昨年の5月頃からトロントでの現地調査を始めるつもりでしたが、新型コロナ感染症の影響で中々渡航の目途が立たず、ようやく現地入りしたのが昨年の10月末のことでした。
トロントの状況も秋頃までは落ち着いていたものの、12月以降はオミクロン株が急速に広がり対面でのネットワーキングや調査が難しい状況になってしまいました。
事前の告知では「brOWN//OUT」というアートプログラムの関係者に取材した内容をゼミで発表するとしていましたが、当プログラムのキュレーターのアヌ・ラーダ・ヴェルマさんとも、取材についてのやり取りをしている最中に連絡がつかなくなり、当初予定していた内容での発表が難しくなってしまいました。
代わりの発表内容ですが、トロントのクィアアクティビズム、特に日本ではあまり知られていない黒人・先住民・有色人種の人々の運動やコミュニティオーガナイジングについて紹介したいと考えています。
カナダは2005年という早い段階で同性婚が法制化され、国際的にも「LGBTの権利擁護に熱心な国」として認識されていますが、その一方で人種差別や植民地主義の問題を今なお重く引きずっている国でもあります。
LGBTの権利をめぐる政治的な目標が達成されコミュニティに「祭りの後」のようなムードが漂う中で、黒人差別の撤廃や先住民の奪われた尊厳の回復といった残された課題に取り組むクィアたちの姿を通して、クィアアクティビズムの射程や可能性について皆さんと考えられたらと思っています。
文献調査を元にした内容が主ですが、私が実際にオンラインで視聴・参加したプログラムなどについても併せて報告するつもりです。
当初の発表内容にあった「文化の境界線」や「コミュニティ内での差別を生まない戦略」といったテーマについて関心を持ってくださった方には、急な内容変更で申し訳ありません。
その代わり、他ではなかなか聞けない話をするつもりなのでぜひご参加ください。
↓変更前の内容
文化の「モザイク」とレイシズム
カナダには異なる文化を持つ人種・民族集団が多数存在します。まず、北米大陸に元々暮らしていた先住民(※1)。続いてこの地に植民地を築いていったイギリス系・フランス系住民。20世紀に入ると人口・労働力確保のためにヨーロッパや一部のアジア諸国からの移民の受け入れが始まり、さらに1967年に移民受け入れのルールが変更されてからは(※2)アジア・アフリカ・カリブ諸国からの移民が増加して、一気に社会の多様化が進みます。カナダ政府は1971年に「多文化主義」を国策として位置づけ、各人種・民族集団の固有の文化を尊重する姿勢を明確にします。一方で、格差や人種差別の是正など国民統合を進める取り組みも行われるようになりました。
カナダ社会のあり方は、しばし「モザイク」という言葉で喩えられます。アメリカが「メルティング・ポット(複数の人種や民族が混ざり合った社会)」なら、異なる文化を持つ集団が共存しているカナダは、まるで色とりどりのタイルを並べて一つの模様が浮かび上がるモザイク画のようだと。実際、カナダを「人種的・民族的共存を成し遂げた国」とイメージする国民は一定数いるようです。2020年5月のジョージ・フロイドの殺害事件でアメリカ社会が大揺れしていたころ、カナダのツイッターでは「#MeanwhileInCanada(一方カナダでは)」というハッシュタグがトレンド入りし、「人種問題を解決できないアメリカ」と対比する形で、「レイシズムを克服し平和な社会を実現したカナダ」というセルフイメージが流布しました(※3)。
さて、そのような先入観をもって今年(2021年)のトロントプライドのプログラムを眺めると、まるで文化の「モザイク」の見本のように思えます。先住民の人々がオーガナイズするイベント。中東にルーツを持つクィアの表現者たちによるパフォーマンスプログラム。黒人のクィアやトランスの人々の体験を紹介するポッドキャスト番組など。……しかし、こうしたプログラムのあり方が「多様性が実現された国だから」と考えるのは早計です。
例えば、1999年に始まったパーティー「Blockorama」(※4)は、トロントプライドにおける黒人の「不在」をきっかけに生まれました。この前年、黒人クィアアクティビストであるジャミア・ズベリは、トロントのプライドパレードで見られる派手な色彩やカラフルな衣装がトリニダード・トバゴのカーニバルによく似ていること、にも関わらず有色人種の人々がパレードの中にいないことに気づきました。ズベリたちは黒人をフューチャーしたフロートをパレードに組み込むことを運営側に提案したものの実現せず、代わりにプライド会場の近くの駐車場の一角を使ってBlockoramaを始めます。しかし、ディアスポラの黒人クィアとトランスの人々が自分たちの音楽やダンス・食を楽しみ互いを祝福しあうこのパーティーも、スポンサー企業により良い場所を割り当てるためにプライド会場から離れたところへ移転を強いられるなど、そのスペースの維持には困難が伴いました。あるいは、トロントのクィアコミュニティが白人中心的であると感じ、文化的・宗教的慣習への無理解と日常的な差別に疲れて、自分たち独自のスペースを持つことを希望する有色人種のクィアたちの声も聞こえてきます(※5)。プライドイベントにおいて、それぞれの人種や民族に分かれて自文化を祝うことは一見自然なことに見えますが、その背後にはレイシズムによる排除の構造や、コミュニティが「わざわざ」まとまらなければならない理由が潜んでいる可能性があります。
文化の境界線を問う
一方で、人種や民族ごとにまとまってプログラムを作ることにより新たな排除や抑圧が生まれる恐れもあります。例えば、コミュニティの結束を強調するあまりメンバーどうしの差異が見えにくくなり、結果として元々ある男性優位の構造が温存されてしまったり、複数の人種的・民族的アイデンティティを持つ人を遠ざけてしまうといったケースが考えられます。白人中心の社会の中で自分たちのスペースを確保しながら、一方でコミュニティの内部をできるだけ多様かつフラットにするというこの離れ業のような課題に、有色人種のクィアやトランスの人々はどう取り組んでいるのか。それをこのリサーチでは探っていきます。
今年のトロントプライドの中でひときわ私の目を引いたのは、南アジア系クィア/トランスのアーティストたちによる「brOWN//OUT」(※6)というアートプログラムです。ドラァグクイーンショーからポエトリーリーディング、手話による朗読劇まで多様な表現者の集うこのプログラムは、上述した課題に極めて自覚的であることが感じられました。「brOWN//OUT」キュレーターのアヌ・ラーダ・ヴァーマは、プログラムの紹介文で、まず「South Asian(南アジア系)」というカテゴリを採用することについて「この言葉に関連付けられる人々の多様性を考えると決して適切ではない」と前置きをします。その上で、南アジア系コミュニティの中に黒人のルーツを持つメンバーへの差別があることを指摘し、多様なバックグラウンドを持つ人々を包括する言葉としてあえて「South Asian」という語を使うことで黒人差別に対抗する展望を語っています。ここでは「誰がSouth Asianなのか」「South Asianであるとは何を意味するのか」を問い直し、文化の境界線を揺さぶることで、コミュニティ内部に排除を発生させまいとする戦略が見て取れます。この問題意識が実際のプログラムの設計にどのように反映されているのか、またそこでアートがどのような役割を果たしているのかを、キュレーターや参加アーティストへの取材を通して明らかにしたいと考えています。
【注】
(※1)カナダではFirst Nationsと呼ばれる。
(※2)移民の受け入れ審査にあたって主観的な判断を排除することと、人種や民族・出身国に基づく差別的な選別を防ぐことを目的に、移民の能力を様々な観点から総合的に判定するポイント制が導入された。
(※3)このハッシュタグと共に投稿されたのは、アメリカの抗議デモの緊迫した様子を切り取った写真と、カナダ国内の牧歌的なニュースの見出しを並置したコラージュ画像だった。これらの投稿はしかし、「カナダにはレイシズムや警察による暴力が存在しない」という誤ったメッセージを発するものとして批判を集め、即座にツイッター上でカウンターアクションが始まる。そこでは、まったく同じハッシュタグを使って、カナダ国内で警察官が黒人や先住民に暴力を振るった事例が写真や映像と共に続々と投稿された。なお、このハッシュタグはドナルド・トランプが当選した2016年のアメリカ大統領選挙戦の際にも「対岸の火事」を揶揄するようなニュアンスで盛んに用いられた。
Dwaine Taylor "#MeanwhileInCanada Black Canadians Are Fighting Ignorance and Intolerance", 2020/6/2
https://dwaineataylor.medium.com/meanwhileincanada-black-canadians-are-fighting-ignorance-and-intolerance-6e315afd1959
Peter Edwards "#MeanwhileinCanada: Canuck responses to American election", Toronto Star, 2016/11/8
https://www.thestar.com/news/world/uselection/2016/11/08/meanwhile-in-canada-canuck-responses-to-american-election.html
(※4)Blockoramaの歴史については以下の記事を参照のこと。
Pride Toronto Twitter, 2021/4/11
https://twitter.com/PrideToronto/status/1381251148770902024
Beverly Bain "Right to party: 20 years of Black Queer love and resilience", THE CONVERSATION, 2017/6/30
https://theconversation.com/right-to-party-20-years-of-black-queer-love-and-resilience-80040
(※5)例えば、トロント在住の南アジア系クィア女性を対象にした以下のインタビュー調査では、彼女たちが文化的・宗教的慣習にしたがって髪を長く伸ばしているために白人のクィア女性から「保守的」「異性愛的」とみなされ、「本当に同性愛者なの?」という質問をぶつけられるなど、西洋的な「レズビアン」イメージに当てはまらないために差別を受けたことが証言されている。
Sonali Patel ""Brown girls can't be gay": Racism experienced by queer South Asian women in the Toronto LGBTQ community", Journal of Lesbian Studies, 23:3, 2019
(※6)brOWN//OUTは2011年に始まったプログラムだが、今年はパンデミックのためオンラインで配信された。以下のURLでアーカイブ動画を観ることができる。
https://www.pridetoronto.com/event/brown-out/
*URLの最終閲覧日はすべて2021年7月20日。
【対象】アート表現やアートプロデュース、表現倫理を学ぶ学生、アートプロジェクトの運営にかかわる実務者、大学教員をはじめとした研究者等。実務経験は問わない。
【定員】15名程度
【開講形態】オンライン。Zoomアカウントでの受講
講師 profile
編集者、校正者
吉田守伸
2015~19年に日本評論社に勤務した後、2020年からフリーランス。ライアソン大学(カナダ)出版技能養成プログラム在籍。担当書にSWASH編『セックスワーク・スタディーズ――当事者視点で考える性と労働』(日本評論社、2018年)、康潤伊・鈴木宏子・丹野清人編著『わたしもじだいのいちぶです――川崎桜本・ハルモニたちがつづった生活史』(同、2019年)、山田創平編著『未来のアートと倫理のために』(左右社、2021年)。